投稿日:2006-12-29 Fri
年末でもあることだし、ちょっと、ベートーヴェンの「第九」でも聴いてみようか。
同じ曲でも、演奏する者が違うと響きがガラリと変わる。
オットー・クレンペラーという指揮者の演奏する「第九」を聴いてみる。
ベートーヴェン作曲 交響曲第9番「合唱付き」
演奏 オットー・クレンペラー指揮/フィルハーモニア管弦楽団
有名な第4楽章の「歓喜の歌」も良いが、もっと良いのが第1楽章では
ないだろうか。ところどころ宇宙の鳴動が聴こえてくるようだ。
クレンペラーの演奏は、じっと耳を澄まして聴いていると、宇宙の静けさ
とでもいうようなものが聴こえてくる。
他の演奏家では、このような響きはまだ聴いたことがない。
響きの質が違うというか、意識の次元が違うように思う。
スタジオ録音されたクレンペラーの演奏は、どれも名演奏ばかりだ。
その中でも、マーラーの交響曲の演奏は独特の輝きを放っている。
俺は、マーラーの交響曲第2番「復活」の第5楽章の最後の4分間の
ところをたまに聴く。この曲をクレンペラーの演奏で聴いたとき、あまり
の響きの素晴らしさに涙があふれた。
マーラーの音楽は、ちゃんこ鍋のような音楽ではなかろうか。
音楽の数多の要素をぶち込んで、ぐつぐつ煮込んだ感じ。文学的な
要素も強い。さまざまな要素のどこに焦点を当てるかで、いかようにも
解釈を施して演奏できる。
しかし、マーラーの音楽の奥にある、本当の意味を響かせているのは、
今まで聴いた演奏の中ではクレンペラーしかいない。
クレンペラーは、ドイツに1885年に生まれて、1973年に亡くなった。
生前は、背骨や足の骨を骨折したり、寝タバコで全身火傷したり、
躁鬱病や脳腫瘍を患ったりしたこともあるらしい。
周りが『もう指揮はダメだろう』と囁いていると、その度に復帰してきて
周りを驚かせたという。
よく引越ししていたみたいで、その度に自分は一人でサッサと目的地
に向かい、後のことは全部奥さんに任せていたらしい。
裸でスコアの研究をしているところへ、部屋に人が入ってきてもその
ままスコアの研究に没頭していた、というかなりの変人だったらしい。
とにかく音楽のことしか考えていなかったという人だそうだ。
クレンペラーは身体の不調から、晩年は演奏で速いテンポをとれなく
なって、かなりテンポが遅くなった。しかし、それが幸いしたのかどうか、
その頃から彼の芸術は深みを増すことになる。
60代も後半になってのことである。
ようやく本来の力が発揮され始めたのだろう。88年間の人生で、彼の
芸術の絶頂期は、晩年の17,8年間である。
音楽だけを考え、音楽の本質をひたすら追究して辿り着いたのだろう。
本質を追究するこのような意識を、”運命”は放ってはおかないのだろう。
クレンペラーは目の前に、正に運命の扉が用意されたその時、運命の
扉のとってを掴み、自力でもって開いてくぐり抜けたのだろう。
扉のとっては、火で燃えていたかも知れないし、凍てついていたかも
知れない。無数の針が突き出ていたかも知れない。
それにも構わず、とってを掴み扉を開けたのだろう。
そして、入った扉の先に、また新しい扉を見つけたかも知れない。
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ありがとうございます
投稿日:2006-12-23 Sat
部屋に居るときは、BGMに森の鳥の鳴き声を流している。森で鳴いている鳥の声を録音したCD。
部屋の空間を清涼にして、実に心地よい。
スピーカーから、緑と木漏れ陽が聞こえてくる。
目を瞑って精神を統一するひとときは、どんな贅沢よりも意識を満足させる。
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